キヤノンマーケティングジャパンの挑戦 “Beyond CANON, Beyond JAPAN”

 

キヤノンはカメラや複写機、プリンターなどのハードウェアを製造し、世界中に展開すると同時に、医療関連、産業機器、さらには、ソフトウェアやITソリューションの世界にビジネスの領域を拡大しています。また、グローバル化も推し進めており、1960年代は40%だった連結売上高の海外比率も、現在では80%以上になっています。
 全世界に広がるキヤノングループの従業員数約20万人の中で、国内におけるキヤノン製品の販売、サービスを統括しているキヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)は、連結ベースで約1万8千人です。他の統括販売会社がキヤノンの100%子会社なのに対し、キヤノンMJは東証一部の上場企業です。
 企業経営者対象の会員制勉強会『ファースト・ウェンズデー』では、キヤノンMJの代表取締役会長・村瀬治男氏に「キヤノンマーケティングジャパンの挑戦〜Beyond CANON, Beyond JAPAN〜」をテーマに、参加メンバーの方々とのディスカッション形式で語っていただきました。

 

Beyond CANON, Beyond JAPAN の原点
それはアップル製品の日本展開から始まった
──キヤノンMJの掲げる“Beyond CANON, Beyond JAPAN” は、親会社の製品だけに頼らず、市場も日本だけではなく世界のあらゆる地域に乗り込んでいくという非常に刺激的な構想です。この大胆な構想が生まれた経緯を教えてください。
(大手法律事務所 パートナー)


まず、12年の歴史を持つ「ファースト・ウェンズデー」(グローバル志向の経営者が集う勉強会)が、ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版(ダウ・ジョーンズ社)と提携し、同媒体がメディア・パートナーとなることを心からお慶び申し上げます。
 


 さて、我々は、2011年から2015年までの長期経営計画において、“Beyond CANON, Beyond JAPAN”というスローガンを打ち出しました。その根底にあるのは、デジタル化とグローバル化による事業環境の大きな変化。日本は少子高齢化が進む成熟したマーケットであり、今後大きな経済成長は見込めません。このような環境下で勝ち抜いていくためには、これまでとは違う発想の転換が必要だったのです。
 実は、我々の“Beyond CANON, Beyond JAPAN”という考え方は今に始まったことではありません。1980年代初頭、キヤノンは新たな市場としてSOHOやオフィスパーソナル市場に着目し、複写機、ファックス、ワープロをオフィスの「三種の神器」として販売を開始しました。
 そのような中、オフィスのコンピュータ化を見据えてアップルコンピュータ社と国内代理店契約を結びます。当時はまだマッキントッシュとなる前のリサの時代で、日本語にも対応していませんでした。単機能の事務機を扱ってきた当社にとって、ソフトウェアで多くの機能を発揮するパソコンという商材の販売は試行錯誤の連続でした。
 やがて、マッキントッシュが登場し、キヤノンがレーザープリンターやインクジェットプリンターを発売したこともあり、これらを組み合わせたソリューションは、新たなお客さまの開拓に繋がりました。
 続く80年代90年代は、アップルコンピュータ以外にも実に多くの製品を販売しました。「日米各社のコンピュータのデパート」と言われたほどで、事実、そういう宣伝もしていました。IBM、DEC、Compaq、HPなどのPC、SGIやCRAYのスーパーコンピュータまで扱っていました。また同時に、ITの最先端を走っていたシリコンバレーに子会社を設立し、最新のソフトウェア技術の導入も推進しました。
 今の私たちの言葉で言うところの“Beyond CANON, Beyond JAPAN”の先駆けと言えると思います。

 

顧客のグローバル化とともに展開する “Beyond CANON, Beyond JAPAN”

話を現代に戻しましょう。“Beyond CANON, Beyond JAPAN”の根底にあるのは、デジタル化という技術面の大きな変化です。カメラや複写機がデジタル機器に変化したことで、パラダイムが大きくシフトしました。

私たちキヤノンMJは本来、日本国内の市場で事業を執り行なう、というのが基本ルールです。しかし今は昔と違って、キヤノン製品がスタンドアロンでお客様のニーズに応えられる時代ではありません。
デジタル化の急速な進展の中で、コンピュータやネットワークを介して、国内外の他社製品ともつながり、さまざまなサービスと一緒になったシステムとして、お客様に提供される時代です。しかも、お客様のグローバル展開はどんどん進んで行きます。

 そのお客様のリクエストに対して、「日本国内がテリトリーですから当社はご協力できません」と言うワケにはいきません。この低成長が続く日本に閉じ込められていては、お客様の要望にも応えられず、グローバル化の波にも乗れず、世間の動きから落ちこぼれて、まるっきり「蚊帳の外」になってしまいます。
 キヤノンのブランド力をより一層上げていくのはもちろんですが、従来のキヤノンの枠にこだわらない独自のビジネスも展開し、お客さまがまだ気づいていないニーズを先駆けて提案し、新たな市場を創り出していく。
 このコンセプトが“Beyond CANON, Beyond JAPAN”なのです。

 

M&A による売上高 1兆円構想

グループの外にも足がかりをつかむ
企業成長のためのM&A戦略

 

──キヤノンMJは近年、矢継ぎ早にM&Aを行っておられます。特に、2007年SI大手のアルゴ21を買収した際にはSI業界に身を置く一人として大変驚きました。SIという非常に競争が激しい業界の中で、キヤノンMJはどのようなビジネスモデルを志向しておられるのか教えてください。(大手SI会社 副社長)

“Beyond CANON, Beyond JAPAN”構想に至る試行錯誤の中で生まれたのが、売上1兆円を目指す“1兆円構想”というコンセプトです。事務機器事業で3,000億円、カメラやインクジェットプリンター等のコンシューマー事業で3,000億円、ITソリューション事業で3,000億円、医療機器や産業機器の分野で1,000億円を目指そうというもの。その一環として、2003年以降、私どもは業態を多様化するために積極的なM&Aを進めています。

 ITソリューション事業を確立するために、2003年には当時の住友金属工業のシステムソリューション会社を、さらに、2007年に東証一部のシステムインテグレーターのアルゴ21を買収したのです。
 そもそもキヤノンには、キヤノンソフトウェアというグループ内のシステム構築や自社製品への組み込みソフトを手掛ける上場子会社がありました。しかしながら、ハードウェアのデジタル化が進むことで、製品内部のソフトウェア開発だけではなく、製品同士を連携させるソリューションの提供が必要になってきました。
 一方で、私たちキヤノンMJには、複写機やプリンター、パソコンの販売・サポートにおいて、製造業をはじめ金融業、流通業の大手企業と取引きをする直販部隊があります。そこで、製造業のシステム開発に強い住友金属システムソリューションズと金融業・流通業に強いアルゴ21をグループに取り込むことで、ITソリューション分野での開発力強化と事業領域の拡大を目指しました。
 M&Aを行うときは事業の性質を見極め、会社をどの方向へ導きたいかを考え、相乗効果が期待できる形にしなければなりません。

 

IT部門との相乗効果が期待できる
医療専門ソリューション

 “1兆円構想”実現のため、我々はITソリューション事業だけでなく、医療分野にも力を入れています。
 キヤノンにはX線デジタル撮影装置や眼底カメラなどの優れた医療機器がありますが、当社では、キヤノンブランドにはない海外の医療機器を日本国内で販売するビジネスも展開しています。ご存じのように、医療機器は薬事法の規制を受けますが、海外ですでに認可を受けたものであれば、日本の薬事法の承認が得やすく、ビジネスもスピーディに進められます。
 こういった医療ビジネスを推進するため、国内の医療系製造販売会社であるエルクコーポレーションを買収し、我々の医療事業部門と統合し、キヤノンライフケアソリューションズとして事業展開しています。

 

 また、医療の世界は電子カルテなどITの世界とも密接に繋がっており、キヤノングループのIT部門との相乗効果が期待できると考えました。2006年には製薬会社系のシステムソリューション会社を買収しました。現在ではキヤノンITSメディカルとしてキヤノンMJグループの医療ソリューション事業を牽引しています。
 最近では、キヤノン全体としても医療やロボットを次世代のビジネスの柱にしようと考えており、開発体制を整えています。

 

社員のグローバル化と海外展開にチャレンジ

ITソリューション事業は顧客に寄り添い、
何が提供できるかという視点が必要

──ITソリューション事業への進出というのは、競争者が多い中で、いかにキヤノングループといえどもそんなに簡単なことではないと考えます。ましてや、これをグローバルで勝負するということは並大抵のことでない。グローバルの市場で勝つための戦略を教えてください。(総合電機会社 役員)

ITソリューション事業において、我々の顧客の多くは日本企業です。近年、顧客メーカーのアジア進出に伴って、現地生産部門のSI構築が増えており、アジアに現地法人を設立しました。加えて、親会社であるキヤノンの現地生産部門のシステム構築と運用も請け負っており、海外進出の足掛かりとなっています。
 日本企業は国内で通用している独自のシステムをそのまま海外拠点へ持ち込もうとする傾向があり、良い意味でも悪い意味でもとても特殊です。しかし、この方法は将来的に長続きしないでしょう。これに対して、欧米企業は初めから世界標準のパッケージを使用して、システムをインテグレートします。

 キヤノンMJは、いずれパッケージ化されたサービスが主流になることを見越した上で、その流れに合わせる形のサービスを展開したいと考えています。ご指摘の通り、ITソリューション事業というのは、一カ所でも顧客との意思疎通がかみ合わなければ、全てが無駄に終わるというリスクを内包しています。ITソリューションをグローバルで行おうとすれば、「現地の企業に何が提供できるか」という視点にシフトしていけば、海外でも成功できると考えています。


海外展開に必要な
社員のグローバル化の鍵は「顧客主語」にある

──グローバル人材の育成は、日本企業にとって最も重要なテーマであり課題です。キヤノンMJはどのようにして海外に対応できる人材を育成される方針でしょうか?(欧州政府関係機関 代表)

 グローバル企業のイメージが強いキヤノン本社と異なり、キヤノンMJはこれまで海外に出る必要が極めて少ない会社でした。
 そのような会社ですから、人材も「英語は得意でないし、海外経験もないが、いずれ海外に出たい」というグループと、「海外には絶対に行きたくない」というグループが混在しています。そういった状況の中で海外人材を育てていくのはチャレンジングなことです。
 一気に国際化を進めようとしても無理があるので、まずは日本人社員に海外に出てもらい、海外での経験を通じて考え方や発想を変えてもらいたいと思っています。また、日本語が堪能な外国人の採用も進めています。幸い、キヤノングループは世界各国に拠点を持っています。積極的な人材活用により、キヤノンMJグループの多くの社員が世界各地で働いています。そして、その経験を日本に戻ってから活かしてもらいたいと考えています。
 キヤノンマーケティングジャパンには「顧客主語」という行動指針があります。平たく言えば「何事もお客様の視点で考える」という意味です。「キヤノン独自の、日本独自の」ばかり言っていたらお客様が見えないということです。「グローバル化」というテーマも、突き詰めれば「お客様のことを知って、その期待に応える」というビジネスの基本に立ち返ることに他なりません。日本に限らず世界のどこにおいても、常にお客様の視点で考える。これが本当のグローバル化だと思います。